痛みを知る

痛みを放置してはいけない5つの理由

年齢を重ねるとともに、朝起きた時から「腰が痛い」「膝が痛い」と、痛みで始まる一日が多くなっていませんか?
ちゃんと治療しなくてはと思うものの、忙しくて時間がない、いつも痛いわけじゃない、年だから仕方ない、と痛みを抱えながら何年、何十年と経ってしまった・・・という方は少なくありません。

現在日本では慢性痛患者が2300万人以上いると言われています。実に成人の4人に1人が体に何らかの痛みを抱えながら生活をしているのです。

「痛み」は本来、体に損傷が起こった時、あるいは起こった可能性があることを知らせるアラームです。「痛み」という感覚がとても不快なのは、損傷が深くならないように痛みの原因となっている刺激を避け、安静を促進して治癒を早める目的があるから。

骨折や捻挫、ぎっくり腰のように、ひどい損傷による痛み(急性痛)であれば、否応なく痛みの対処を迫られるのですが、悪い姿勢や繰り返しの動作などで小さな損傷を日々積み重ねて起こる慢性痛は、鎮痛剤でやり過ごしたり、我慢できる程度だからと放置しておく人が少なくありません。特に昭和生まれの人は「多少の痛みは我慢するもの」という意識を、学校や社会で植えつけられて来たのでその傾向が強くあります。

我慢強さは美徳ではありますが、こと痛みに関しては絶対に発揮してはいけません。
なぜ痛みを我慢し放置してはいけないのか。その理由をご紹介します。

痛みを放置してはいけない理由①『脳が痛みを記憶するから』

人間の脳の記憶メカニズムは「短期記憶」と「長期記憶」の2種類に分かれているといわれています。すぐに捨ててもいい記憶=短期記憶と、保存しておく記憶=長期記憶。その2つを振り分けているのが、脳にある「海馬」という部分です。

この「海馬」が記憶を振り分ける時のポイントの一つに「何度も情報を取り入れた反復性」というのがあります。

例えば足の小指をタンスの角にぶつけた時は、数分もすると痛みを忘れてしまうものですが、長時間のデスクワークで腰が痛い状態が毎日続くと、脳が「これは何度もインプットされるから重要な記憶に違いない。残しておかなければ」と勘違いして、痛みの記憶を長期間に渡って保存してしまうのです。

痛みの記憶が長期記憶になると、痛みに敏感になったり、もともとの痛みの原因がなくなっているにも関わらず脳が痛みを感じるようになります。
つまり「痛くないことを痛く、弱い痛みを強く、何もしなくても痛く、周辺も痛い、いつまでも・・・」。線維筋痛症の痛みがまさにこれです。

痛みを我慢してはいけない理由②『自律神経が乱れるから』

痛みと自律神経とは切っても切れない関係にあります。
自律神経は交感神経と副交感神経の2つからなる神経で、私たちの意思に関係なく生命維持に必要な機能を調節しています。

交感神経は活動性神経で『心拍・血圧・呼吸・発汗・筋の緊張』などを促進し、副交感神経は休養性神経で『心拍・血圧・呼吸・発汗・筋の緊張』などを抑制する働きをしています。
言わば交感神経は「アクセル」で副交感神経は「ブレーキ」です。この2つの神経が互いに協調し、状況に合わせて「アクセル」と「ブレーキ」を上手く使い分けることで、私たちの健康は維持されているのです。

自分の身に危険が迫った時、ヒトは自らの身を守るために「防御態勢」か「攻撃態勢」に入らなければなりません。痛みはまさに体に損傷が起こったという危機状態なので交感神経系が活発化しています。この時体は、血圧が上昇し、脈拍は増加、呼吸は浅くなり、筋肉の緊張が高まります。

このような状態が長く続くと、自律神経の「ブレーキ」が効かなくなってしまいます。すると自律神経のバランスが崩れ、不眠、めまい、胃腸障害、呼吸障害、パニック発作、うつなどの自律神経失調症を発症してしまうのです。

痛みを我慢してはいけない理由③『損傷が深くなるから』

「先天性無痛症」という病気をご存じでしょうか?
生まれつき痛みを感じる神経が発育せず、痛みや熱さ冷たさを感じない(感じにくい)病気です。※温度と痛みを脳に伝える神経回路は同じ

いま痛みに苦しまれている方は「この世に痛みがなかったらどんなに幸せだろう」と思っているかも知れません。しかし前述したように、痛みには自分の体に有害な刺激を回避し、体を防御するという大切な役割があるのです。

「先天性無痛症」の人は、骨折しても痛くないのでそのまま動き続けてしまいます。真っ赤に熱したフライパンを触っても熱くないので手を引っ込めることはしません。その為骨折や脱臼などの外傷、熱傷や凍傷を繰り返し、治療が困難な関節の変形や疾患を発症してしまうのです。「先天性無痛症」の人はケガを繰り返すため、長く生きることができない、とも言われています。

痛みは確かに不快なものですが、痛みはあなたの身体や命を守る、生命維持に欠かせない役割をもっているのです。

痛みを我慢してはいけない理由④『痛む範囲が広がるから』

「膝の痛みをかばっていたら腰まで痛くなってきた」あるいは「肩が痛かったのにだんだん腕や指先まで痛みが広がってきた」ということはありませんか?

これには『筋膜』と『痛みの神経伝達』が関わっています。

筋膜は筋肉を包んでいる弾力性のある膜で、身体全体にはりめぐらされています。筋膜はよく「全身を覆っているボディースーツ」と表現されますが、このボディスーツは一枚の膜でできているのではなく、人の動きに合わせた張力ラインを持ついくつかの膜で形成されています。近年の研究により筋膜にシワ(癒着)ができたり固まったりすると、コリや痛みの原因になることが解っています。痛い部分をかばって姿勢が崩れると筋膜の張力も変化します。それが癒着を生み、左の腰が悪い人は右肩も悪い、腰痛を持つ人は必ず首肩こりがあるといった状態になるのです。

痛みは損傷した末梢の組織から脊髄を通って脳に「痛い!」という信号を送ります。通常脳はこの信号を受け、痛みとなる刺激を避けその部分の傷が治るよう体の各所に指令を送ります。
ところが慢性痛のように痛みを伝える信号が入力され続けると脳の受信装置に不具合がでます。痛みをキャッチした神経細胞の興奮が強くなり、同じ脊髄レベルの神経だけでなく、上下の脊髄レベルの神経細胞にもその興奮を伝えるのです。これにより、元々痛かった場所だけでなく、上下・左右の筋も痛みを感じてしまうのです。

痛みを我慢してはいけない理由⑤『症状が複雑化して治りづらくなるから』

これまで紹介してきた理由により、痛みは長くなればなるほど症状が複雑化しながら悪化していきます。すると当然のことながら治療も難しくなり、時間とお金がかかります。
私がこれまで診てきた患者さんでも、首の痛みからパニック発作、うつ病を発症した方、腰痛から変形性股関節症となり、極端な脚長差で日常生活に大きな支障を受けている方などがいらっしゃいました。

運動器の疾患であっても、『早期発見早期治療』は重要です。
痛みをやっかいなものと嫌わずに、体が送るあなたへのメッセージをちゃんと受け取り対応しましょう。

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