腰痛?股関節痛?
日本における慢性痛患者で一番多いのは腰痛。その数は2000万人とも3000万人とも言われており、実に日本人の4人に1人が腰痛持ちという驚きの数字です。
当院にも腰痛で来院される方は多くいらっしゃいます。ですが、症状をよく聞き、触診をしてみると、その半分は腰(腰椎周辺の筋肉)が悪いのではなく、股関節に問題があることが解ります。
「股関節の障害」は女性に多い疾患として知られていますが、近年男性にも股関節の痛みや違和感を訴える方が増えています。それには老若男女を問わず現代人の座りっぱなしの生活スタイルが大きく影響しています。特にクルマ社会で生活する人はその傾向が顕著です。
股関節は立つ、歩く、しゃがむなど、ヒトの日常的な動作の要です。また股関節は、荷重関節として骨盤と共に上半身を支える役割も担っています。座っている時間が長いと上半身の重さを下肢に分散せることができず、骨盤と股関節双方の負荷が高まり、腰椎への力学的ストレスを増強させ腰痛を引き起こします。
「股関節の障害」はなぜ起きるのか。その原因を股関節の構造と機能からひもといてみましょう。
股関節の場所はどこ?
患者さまに“股関節の場所を押えてみてください”とお願いすると、多くの方が脚の前側、鼡径部あたりを押えられます。これは半分正解で半分間違いです。
というのは、股関節は骨盤にあるくぼみに大腿骨上部の球状の部分がはまっている多軸性の関節なので、脚の前側だけでなく脚のつけ根のぐるりが股関節だからです。そして股関節の動きの中心は下図の黄色い〇の部分です。

この場所を確認するには、脚をそろえて立ち、肛門にぐっと力を入れた時にお尻の下の方に深くくぼむ箇所、その奥が股関節の中心です。なので股関節の可動域に重要な動きの中心は、皆さんが思っているよりかなり体の後ろ側にあります。
ちなみに腕のつけ根である肩関節も動きの中心は背中側にあります。この動きの中心を意識して、歩く、走る、しゃがむなどの日常動作を行っていると、股関節に付着している太ももやお尻の筋肉もよく動くので関節が固まることも少ないですよ。
股関節の構造
股関節は解剖学的には「寛骨臼大腿関節(かんこつきゅうだいたいかんせつ)」と言います。
寛骨臼(寛骨にあるくぼみ)と大腿骨が関節している(=つながっている)という、そのまんまの名前です。寛骨は、腸骨、坐骨、恥骨の3つの骨が癒合したもので、いわゆる骨盤のことです。左右の寛骨は前下方の恥骨結合部で半関節(内部に空洞がなく、ほとんど動かない関節)を形成し、後方では仙骨と接して仙腸関節を構成しています。
一方の大腿骨は人体で最も長い骨です。大腿骨の上端はほぼ球形の大腿骨頭で寛骨臼にすっぽりとはまっています。大腿骨と寛骨、寛骨と仙骨は強靭な靭帯でしっかりとつながっていて、その周辺を分厚い筋肉が覆っている為、安定性を保ったまま色々な方向に動かすことができます。
股関節は寛骨、仙骨、大腿骨が一体化している構造上強く安定性が保たれているため亜脱臼や脱臼は比較的起こりにくくなっています。その半面、脊柱の配列異常(側弯やS字カーブの変異など)、骨盤の前傾・後傾、下肢の位置(極端な内股や外股など)などで関節に圧力をうけやすい構造を持っています。
股関節の役割は体重を支えながら脚を動かすこと。
股関節は寛骨(骨盤)と大腿骨が連結する関節です。寛骨(骨盤)の大きな役割は上半身を支えることと体にかかる衝撃を吸収すること。そして大腿骨の役割は股関節と膝関節の間にあって体重を支え、脚を動かすことです。寛骨と大腿骨、この二つの骨を靭帯でつなぎ、筋肉を使って関節と骨を動かすことから、股関節の役割は『体を支えながら、脚を動かすこと』になります。立つ、座る、しゃがむ、歩く、走る、踏ん張る、蹴る、ジャンプするetc。日常生活で大切なほ動きのほとんどが股関節の働きによるものです。
股関節は以下の6方向への脚の動きで様々な動作を可能にしています。
- 屈曲:大腿骨をお腹に近づける動き
- 伸展:大腿骨をお尻に近づける動き
- 外転:大腿骨を体の中心から外側に開く動き
- 内転:大腿骨が体の中心に向かう動き
- 外旋:足先を外側に向ける動き
- 内旋:足先を内側に向ける動き
これらの動きは単一方向で動くことはほとんどなく、2つ以上の運動が複合されて動いています。
上記の動きを実際にしていただくと解りますが、股関節の動きに伴って骨盤が動き、同時に腰椎も動きます。その為股関節の可動域制限が起こると腰痛を引き起こしてしまうのです。
股関節の痛みの原因はここ!股関節の動きに関わる筋群
股関節は上述した6方向への動きが可能な多軸関節なので、それぞれの動きに関わる筋も多くあります。以下に股関節を動かす筋群を挙げてみます。
- 屈曲;腸腰筋、大腿直筋、大腿筋膜張筋、縫工筋、恥骨筋、長内転筋、短内転筋、薄筋、中殿筋、小殿筋
- 伸展:大殿筋、半腱様筋、半膜様筋、大腿二頭筋(長頭)、中殿筋、小殿筋、大内転筋、梨状筋、内閉鎖筋
- 外転:中殿筋、大腿筋膜張筋、大殿筋、小殿筋、梨状筋、縫工筋
- 内転;大内転筋、長内転筋、、短内転筋、大殿筋、恥骨筋、薄筋、半腱様筋、半膜様筋、大腿二頭筋(長頭)、大腿方形筋、内閉鎖筋、外閉鎖筋
- 外旋:大殿筋、内閉鎖筋、大腿方形筋、外閉鎖筋、中殿筋、小殿筋、大内転筋、長内転筋、短内転筋、恥骨筋、縫工筋、腸腰筋
- 内旋:中殿筋、小殿筋、大腿筋膜張筋
これらのいずれかの筋肉に障害が起こると痛みになります。脚を色々な方向に動かしてみて、どの動きで痛みが出るかをみれば障害を受けた筋を特定することができます。
股関節痛の原因は『筋肉の硬化』か『筋力低下』
『筋肉の硬化』とは、特定の筋肉が緊張しつづけ疲労したことで筋肉が硬くなること。いわゆる“こり”です。
近年男女を問わず股関節痛を訴える人が増えているのは、長時間のデスクワークを始め、座っている時間が格段に長くなっていることが理由です。座りっぱなしが股関節痛を招く主な理由は以下の3つです。
- お尻が座面に押し付けられっぱなしで血流不全を起こし、お尻の筋肉が硬くなる(こる)から
- 太ももが座面に押し付けられっぱなしで血流不全を起こし、太ももの筋肉が硬くなる(こる)から
- 股関節が曲がったまま固定されているので、腸腰筋の緊張状態が続く(こる)から
筋肉は縮むことで力を発揮し、力を発揮した後は自然に元の長さに戻る性質を持っています。しかし座りっぱなしのような同じ姿勢が長くなると、関節を特定の位置に固定する筋肉の緊張状態が続き、元に戻る力が弱まってしまうのです。これが筋肉が硬化した(こった)状態です。
一方の『筋力低下』は筋肉を使わない事により、筋肉が痩せてしまった状態(廃用性筋萎縮)です。
加齢や運動不足などで股関節を動かす筋群(お尻や太ももの筋肉)に『筋力低下』が起きると体を支えられなくなります。すると、立上り、走り出し、長時間の立位時といった大きな負荷だけでなく、歩行、座位などの日常的な動きにさえすぐに疲労し、血流不全→酸欠状態になってしまいます。
『筋力低下(廃用性筋萎縮)』と聞くと加齢によるものと考えがちですが、当院に股関節痛でいらっしゃるオフィスワーカーの方達は年齢に関わらずお尻から下肢の筋力低下が顕著です。
股関節の周辺には、腰、お尻、太ももの筋肉(腱)が多く集まっています。さらに大腿動脈という下半身へ血液を送る太い動脈、多くのリンパ節、そして太い神経が通っています。股関節周辺が固まってしまうと、血管やリンパを圧迫し流れが悪くなってしまうため、下半身の冷え、お尻から下肢にかけての痺れなどが起こる可能性があります。また、本来多方向に動くべき股関節の動きが制限されてしまうと、腰痛や膝痛や引き起こすこともあります。
なかなか改善しない腰痛を抱えている方は股関節の障害を疑ってみてはいかがでしょうか?