あまり知られていない慢性痛の本当の原因。それが筋膜性疼痛症候群(MPS)

私たちが通常「筋肉痛」と呼ぶものは、スポーツや肉体労働、重い物を持った時、無理な姿勢を続けた時、筋肉が寒冷にさらされた時など、普段より筋肉に過剰な負荷がかかった翌日や翌々日に生じます。この筋肉痛は一時的な負荷によるものなので、入浴やストレッチ、マッサージを受けるなどして血行を改善し、数日安静にしていれば、痛みは自然に消えていきます。

しかし、筋肉に過剰な負荷がかかる状況を繰り返していると、通常の筋肉痛のように血行を改善するだけでは短期間に自己回復することができなくなります。この状態が筋膜性疼痛症候群(MPS)になった状態です。

筋膜性疼痛症候群(MPS)の痛みは、通常の筋肉痛のように、筋肉全体が熱を持ったようなジンジンとする痛みではなく、局所的にかなり激しいものになります。また筋膜性疼痛症候群(MPS)は慢性化しやすく、時間の経過とともに痛みやしびれの範囲が広がる傾向にあります。また、痛みという不快な感覚が続くことによるストレスや不安が様々な自律神経症状を起こすのもこの症候群の特徴です。

痛みの発信源はトリガーポイント

筋膜性疼痛症候群(MPS)を起こした筋肉には、『トリガーポイント』と呼ばれる、痛みを感じるセンサーが敏感になっているスポットが生じます。

『トリガーポイント』は、最新の定義によると「過敏化した侵害受容器」とされています。

侵害受容器というのは、正常な組織が骨折やケガ、火傷などで損傷してしまった、あるいはひっぱられる、つねられる、寒冷にさらされるなど、損傷する恐れのある刺激(=侵害刺激)が体に加わった時に、その刺激を電気信号に変える変換器のことです。侵害受容器によって電気信号に変換された刺激情報は、感覚神経によって脊髄から脳の視床を経て大脳皮質に伝達され、痛い!という感覚となります。

侵害受容器は体のあらゆる場所に存在しています。それは痛みという感覚が命に関わる重要なものだからです。

動物はケガを負ったとき、安静にして早く傷が癒えるようにしなければ外敵に襲われる危険があります。また、ケガをしそうな時は「痛み」という感覚を素早くキャッチし、いち早くその刺激から逃れなければなりません。『トリガーポイント』はこの命に関わる受容器が活発に活動している箇所、すなわちあなたの病気や病変を知らせる【中心地】と言えるのです。

一般的に『トリガーポイント』の多くは筋膜にみられますが、腱や靭帯にも発生することが最近の研究により明らかになっています。『トリガーポイント』にはじっとしていても痛い「自発痛」と、その部分を押すと痛む「圧痛」、押すと体の別の部分も痛む「関連痛」を引き起こします。

筋膜性疼痛症候群(MPS)の原因

筋膜性疼痛症候群(MPS)の原因は様々ですが、代表的なものは次の4つです。

1.動的な負荷:筋肉を活発に動かし続けている

例)スポーツ、肉体労働、楽器演奏、ダンス、筋トレなど。美容師や料理人といった、指や手を反復して動かすことも含む。

2.静的な負荷:特定の筋肉の緊張が続いている

例)長時間の同じ姿勢(立ちっぱなし、座りっぱなし)、無理な姿勢での労働、猫背・反り腰・巻き肩など解剖学的に正しくない姿勢。精神的な緊張による体の硬直など。

3.筋力の低下:重力に抗して姿勢や骨格を支える力が弱くなっている

例:運動不足、ケガや病気による不動、老化

3.手術による組織損傷:外科的な治療による皮膚や筋層に損傷が生じた

例)開胸手術、開腹手術、アキレス腱断裂、靭帯損傷、人工関節置換手術など。

上記以外にも、貧血、カルシウム・カリウム・鉄分、ビタミンC/B-1/B-6/B-12不足なども筋膜性疼痛症候群(MPS)が発症する要素になっていると考えらています。

注)一般的に筋肉、筋膜にかかる過負荷は本人が自覚できる場合とできない場合があります。筋膜性疼痛症候群(MPS)は「運動器の生活習慣病」と呼ばれるほど、日常の何気ないクセや習慣が病気の発症につながっています。

筋膜性疼痛症候群(MPS)の症状

筋膜性疼痛症候群(MPS)は全身のどの筋肉にも起きる病気です。

痛みは通常1,2か所に限局した筋肉痛で、特に首、肩、背中、腰、お尻といった脊柱に沿った起立筋群に多く生じます

筋膜性疼痛症候群(MPS)では、全身が同時に痛み、しびれが発生することは基本的にはありません。しかし、一つのトリガーポイントからの関連痛として広い範囲に痛み、しびれを感じる時もあります。

また痛み、しびれを感じる部位が、時間の経過と共に広がっていく事も、筋膜性疼痛症候群(MPS)の特徴の一つです。

具体的な症状としては以下のようなものがあります。

  • 局所痛:自発痛ともいいます。じっと安静にしていても痛みが出る状態。かなり重症度が高い。
  • 圧痛:筋がこっている、張っていると感じる部位を押された時に痛みが生じる。
  • 運動痛:立ち上がり、起き上がり、ストレッチなど体を動かした時に痛みが生じる。
  • 関連痛:痛みとなる原因が生じた部位と異なる部位に感じる痛み。原因は解明されていませんが、筋膜の連鎖が関連していると考えられています。
  • 索上硬結(さくじょうこうけつ):ひも状、すじ状のゴリゴリしたしこり。
  • 関節の可動域制限:関節が動きが悪くなる、関節が曲がらなくなる。
  • 筋力の低下
  • しびれ
  • ストレッチ陽性サイン:他動的に筋を伸ばされると痛みが出る。
  • 自律神経の障害:胃腸障害、呼吸障害、睡眠障害、気分障害、パニック障害など
  • 固有感覚の障害:めまい、フワフワ感など。固有感覚は体の位置関係や筋や腱にどれくらい力が入っているのかを感知します。
  • 浮腫(むくみ)
  • 蜂巣炎:皮下組織におこる感染症
  • 脱毛

筋膜性疼痛症候群(MPS)によく似た病気

筋膜性疼痛症候群(MPS)は世界的には一般的な病気ですが、日本ではまだ医師の中にも筋膜性疼痛症候群(MPS)の存在を知らない人がいるそうです。筋膜性疼痛症候群(MPS)の原因である筋膜の異常は、病院の画像検査や血液検査では見つけられない為、以下のような病気と間違えて診断される場合があります。一説によると、整形外科で扱われる疾患の8割が筋膜性疼痛症候群(MPS)だと言われています。※現在は超音波エコーで筋膜の異常を確認することができます。

◇部位別症状

頭部・顔面部:緊張性頭痛、片頭痛、顎関節症、舌痛症、三叉神経痛、顔面神経痛、頚性めまい、耳鳴り

頚部:慢性咽頭炎、嚥下痛、頚椎症、頚肩腕症候群

肩部・上肢:胸郭出口症候群、五十肩、肩関節周囲炎、テニス肘、ゴルフ肘、内側側副靭帯損傷、手根管症候群、腱鞘炎

胸部:乳がん術後疼痛症候群、心臓神経症、動悸感、開胸術後疼痛

腹部:機能性胃腸症、過敏性腸症候群、胃けいれん、開腹術後疼痛、子宮内膜症、生理痛、間質性膀胱炎

背部・腰背部:椎間板症、椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、変形性頚椎症、腰椎すべり症、坐骨神経痛

下肢:変形性股関節症、変形性膝関節症、半月板損傷、糖尿病性神経障害

※上記は他の疾患と合併していることもあります。

◇自律神経症状を併発した場合

  • めまい(非回転性)
  • うつ病
  • 睡眠障害
  • 気分障害
  • パニック障害
  • 心臓神経症
  • 線維筋痛症
  • 耳鳴り
  • 機能性胃腸症胃けいれん
  • 生理痛
  • 排尿時痛
  • 排便時痛
  • 肛門痛 他

筋膜性疼痛症候群(MPS)の治療法

筋膜性疼痛症候群(MPS)の治療で最も重要なのは、トリガーポイントを解消し、痛覚を伝える神経の異常興奮を収めることです。また、トリガーポイントを形成する原因となっているのは、筋肉への過負荷による血行障害なので、血行の改善もとても重要です。

臨床の現場では以下に紹介する物理療法、トリガーポイント療法、運動療法、認知行動療法が主に行われており、薬物療法は限定的に使用されています。今のところ筋膜性疼痛症候群(MPS)に有効な内服薬はありません(個人的には内服薬で筋肉や筋膜の損傷が治ることはないと考えています)。また慢性痛患者へ安易に鎮痛薬や抗うつ薬などの向精神病薬を使用することは世界的に注意喚起されています。

◇物理療法

  • 温パック:リラックス効果と血液循環の促進
  • 超音波、低周波:温熱や振動による血管の拡張
  • マッサージ:リラックス効果と血液循環の促進
  • Faciaリリース:徒手(手技)や器具を用い、Faciaの異常を解消

※Facia=筋膜ではなく、筋膜に加え腱、靱帯、神経線維を構成する結合組織のことを指します。

トリガーポイント療法

  • トリガーポイント注射:トリガーポイントに局所麻酔薬や生理食塩水を注射することで、索状硬結を取りのぞき、血行を促進する。
  • トリガーポイント針刺入法:トリガーポイントを針で刺激し、索状硬結を取りのぞき血行を促進する。
  • エコーガイド下Fasciaリリース:エコー(超音波診断装置)を用いて異常なFascia(=トリガーポイント)を探し出し、注射、鍼、徒手などで解消する方法。注射で生理食塩水を注入する方法は「エコーガイド下fasciaハイドロリリース」と呼びます。
  • 東洋医学のある種の鍼治療(経絡理論を用いない鍼治療)、西洋医学では「ドライニードリンク(dry needling)」、筋肉内刺激法(intramuscular stimulation:IMS)

※当院の「深層筋鍼法」はトリガーポイント針刺入法の一つですが完全なオリジナルの技術です。

運動療法

  • ストレッチ:筋や関節を伸ばすことによる筋の柔軟性、関節の可動域の回復、血液循環の促進。
  • 筋力強化運動:適度な運動とスポーツによる運動機能の回復
  • 固有受容トレーニング:筋と脳との促通力の強化。特に平衡、姿勢、関節の調節を強化する為にトランポリンや平行棒、バランスボールなどが有効。

認知行動療法

痛みについての誤った認識を修正する「認知療法」と、痛みと行動の関係を知って日常生活でできることを増やしていく「行動療法」を組み合わせた治療法。

参考:日本整形内科学研究会HP、心療整形内科(加茂淳先生のブログ)、トリガーポイントと筋筋膜療法マニュアル(医道の日本社)他